人間都合ではなく、自然都合で

先日、こんな記事に目が止まった。

「人間の都合でなく畑の都合。採れた野菜を見て料理を考える」規格外を捨てずに活かすターブルオギノの挑戦
https://news.yahoo.co.jp/byline/iderumi/20181015-00100505/

以前の投稿でも書いたけれど、日本の食料廃棄率はダントツの世界一である。
食料自給率が4割未満なのに、年間2,000万トン近くの食料を捨てている。
お金出して買ってるんだから捨てるのも勝手、と思う人。
私たち先進国が高値で買い占めることで、生産国の人間の口には入らないという現実を知っていただきたい。
よその国の人が食べるものを奪っていることに無自覚であることを猛省して頂きたい。
コンビニやスーパーの棚にズラリと並ぶチョコレートにしたって、カカオ原産国の子ども達が学校も行かずに働いて生産している。
彼らは常に飢餓状態にあり、チョコレートというものを食べたことがない。
夏に北海道に行った時も、ある生産物を指して「これはみんな東京に出荷されて、地元の人の口には入らないんですよ」と聞かされた。
本当におかしなこと。
農業という自然相手のことは、経済優先で回るとろくなことにはならない。

荻野さんが料理人としてできることは、欲しい食材を仕入れるのではなく、畑に今あるものを仕入れること。
これが畑都合。
素晴らしい取り組みをされている。
そのような素晴らしい料理人を支援するため、今度は私たち消費者の意識も変わることが必要だ。
今日はあれが食べたい、ではなく、今日あるものを頂く。
自然からその土地とその季節の恵みを頂く、これが本来の食の在り方なのだから。

荻野さんがその昔フランスのスーパーで賞味期限の長い牛乳を奥の棚から取ろうとしたら横にいた女性に
「あんた、その手前のやつは誰が買うのよ」
と言われて衝撃を受けたというエピソード、日本中のスーパーの棚に貼りたいと私は思う。
私も全く同じ考えである。
賞味期限の迫ったものから買うことにしている。
野菜や果物なら傷みそうなものから買う。
えり好みして下から掘り出して取ろうとするあなた、上にあるのは誰が触ったかわからないから嫌?
だったらあなた自身がまずそうやって触ってえり好みなどせず、上から順番に取っていけばいい。
繰り返し何度も同じことを書くけれども、そうしてみんなで自然を大切にしていかないと、いつか私たちは酷いしっぺ返しをくらうことだろう。
自分だけ、というのは卑しい考え。
荻野さんが恥ずかしかったと感じたその感情を日本人は持つべきだ。
そうして民度というのは上げていくものだ。
恥ずかしいという感情は、他人から見られて恥ずかしいかどうかではなく、天から見て恥ずかしいかどうかである。

フランスでは二年前にスーパーでの食料廃棄が法律で禁止になり、デンマークでは廃棄品専門のスーパーまで誕生した。
見切り品を買うことは恥ずかしいことではなく、社会貢献であるという意識が浸透している。
食料を捨てることと、見切り品を率先して買うことのどちらがあなたは恥ずかしいでしょうか?

あなたは恥ずかしくない生き方をしていますか?

*インタビュアーの井出留美氏はフードロス問題の第一人者であり、著書の『賞味期限のウソ 食品ロスはなぜ生まれるのか』は必読。